第11話

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 土曜の深夜、実家に帰っているという壮真から「今度の火曜日、ドライブに行かないか」という電話がかかった。ほとんど有給を消化していないから、比較的暇なこの時期に有給を取れ、と上司からお達しがあったらしい。  誘いは無論嬉しかったし、久し振りのドライブ――上京してから車に乗ったのなんて、舞台機材の運搬ついでに軽トラに乗った時だけだ――は楽しみでもあったが、ここ数日また絢人は薄氷を踏むような思いで毎日を過ごしている。  舞台のオーディションに行こうと考え、演じることの感覚を取り戻そうとしてみるのだが、それは絢人にとって危うい行いだった。気持ちが少しでも揺れれば、ドミノ倒しのように記憶が次々に過去から蘇ってくる。  出かける前、絢人は自分の顔を鏡で見た。心なしか目尻が下がり、顔の輪郭がぼやけている気がする。何も宿していない目。何一つ持ち合わせていない男の表情だ。  もう一度壮真とセックスでもして、憂鬱を忘れさせて欲しい。  ドライブ自体は楽しかった。晴れた冬空の下、平日の昼間の高速を横浜まで軽快に車を飛ばした。絢人は横浜に行くのは初めてだった。デートで行く場所だと思っていたから、自分には縁のないところだと思っていたのだ。  横浜は海も山もすごく近い、ということも絢人は初めて知った。二人はホテル内のレストランで昼食を取った。壮真はなんだろう、ロマンチストというか、本当にデートの王道みたいなことをするのが好きだ、と絢人は悲しいようなおかしいような気持ちで思った。  帰り道、絢人は壮真に話そうかどうか迷っていたことを、電車内でみた舞台のオーディションのことを話した。そのオーディションを受けようか迷っていることも。 「でも、どうしようか迷ってる。俺なんかが受けに行っても受かるのは相当難しいだろうし。今さら演技なんか出来るのかって」それに芝居のことを考え出すと苦しくなるのだ、ということは言わなかった。 「絢人は、自信がないのか」ハンドルを握っている壮真が前を向いたまま絢人に問う。 「……そうかもしれない。俺は、べつにあんたみたいに自分が神様に愛されてるなんて思えないし、演技の経験があるわけでもないし」  絢人の言葉に壮真はひとつ息を吐いてから、口を開いた。 「先週、実家に帰ってるって言っただろ。同級生のお別れ会だったんだ」
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