急激な加速

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清和先輩は猫を抱えたまま、ベンチへ向かっていった。 腰を下ろし、横をポンポンと叩く。 「どうしたんですか」 「言わせんなよ」 「言葉で言わなきゃ伝わらないこともある…」 「悟りを開いたかのような目してんじゃねぇ。これぐらい分かるだろ。隣に座れ」 「えー」 「俺様の隣に座れるなんて、この上ない幸せだろ」 「えー」 「いいから来い。先輩の顔に泥を塗る気か」 「泥が付いてもイケメンだから大丈夫!」 「こういうときにイケメン出しときゃ万事オッケーだとでも?俺はそんな単純じゃねぇよ馬鹿」 清和先輩は流し目で俺を睨む。 ……やれやれ、仕方ない。駄々をこねる先輩の言う通りにしてあげよう。 「やれやれはこっちだっつの」 「………!エスパー…!?」 「顔に書いてあんだよ」 と、茶番はこの辺にしておこう。 あまり長引かせるとくどいからな。 俺は先輩のもとへ足を運んだ。 「で、テメェはここに何しに来た?」 「猫ちゃんたちに餌をあげに来たんですよ」 俺は今まで手に持っていたナイロン袋を清和先輩に差し出した。 ここに来る途中、売店で猫が食べられそうなものをいくつか買ってきたのだ。 「清和先輩が面倒みてたっぽいし、必要なかったようですね。これ、先輩に預けておきます」 清和先輩はそれを受け取り、軽く中を見た。 「ほう、気が利くじゃねぇか山田。有り難く貰っといてやるよ」 「猫ちゃんたちのために買ったんだから、食べちゃ駄目ですよ」 「誰が食うかこんなもの」 いや、こんなものって言っても普通に人間が食べる食材ですけど…… 「…そんで、他には?」 「こんだけですけど」 「俺に会いに来たんじゃねぇのか?」 「だったらこんなところにいませんよ。先輩の部屋に行きます」 俺は純粋に、餌をためにここに来たんです、と口を尖らせると、片手で両頬をぐっと挟まれた。 「なにふるんでふか」 「なんか、無性に腹立った」 「ひどい」 そして地味に痛い。 困った俺の顔を見下ろし、清和先輩は満足げにフンと笑った。 「ひでぇ面だな」 ひでぇ面はあんたのせいだよ。 いい加減手を放せ。頬っぺたジンジンするわ。 清和先輩がようやく手を放し、俺は痛む頬を擦った。 「たまには俺にデレてもいいぞ」 「いつもデレてるじゃないですか」 「なるほどお前は天の邪鬼か」 あれでデレだなんて、俺は認めねぇと不満そうに言った。
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