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「さて…俺はそろそろ行きますね」
猫を下ろし、俺は立ち上がった。
尻についた埃をパッパと払い落とす。
「なんだ、もう行くのか?」
「用事はモコとクウに会いに来ただけですからね」
「釣れねぇ奴だな」
清和先輩は面白くなさそうに言った。
「まあ、また時間があるときにでもゆっくり」
そんな日が来ればいい、と心の中で願いながら。
「それじゃあ、また何かあったら連絡します」
「おう。あんま一人で抱え込むなよ」
「はーい」
すでに一人で抱え込んでしまっているが、そういう俺の僅かな心の揺れでさえ清和先輩にはバレてしまう可能性がある。
だから俺は、軽々しく答えた。
……これで、もう俺はこの学園とお別れだ。
良かったんだ、これで。
今できる最良のことだと、俺は信じる。
部屋に戻り、身支度をする。
日中にほぼ荷造りは終えていたので、もう残っている作業なんて僅かだ。
夕飯を作って食べ、ソファーに座ってテレビを観て過ごす。
もっとするべきことがあるのかもしれないが、俺にはこれが今やりたいこと……いや、やってないと恐怖で押しつぶされそうだった。
過去、俺にあんなに残虐非道なことをした男のもとへ、自ら行く。
例えそうなるように仕向けられたとしても、最終的には自分で選択したことだ。
わざわざあんな男のところへ行くなんて、どうかしてるとしか思えない。
テレビでも観ていないと、怖くて怖くて、どうにかなってしまいそうだった。
内容なんて入ってくるわけない。
それでも俺は、憑りつかれたようにテレビを観続けていた。
ピンポーン
室内にインターホンの音が鳴り響く。
そこでようやく、我に返った。
時刻は深夜0時。
時間通りだ。
こんな時間まで俺は、無心でテレビを観ていたのか。
俺が開けることなく、扉は勝手に開く。
そして中に入ってきたのは案の定、柊だった。
「…輝ちゃん。迎えに来たよ」
「…………」
その声掛けには答えず、俺はテレビを消して無言で立ち上がる。
柊はそれはそれはもう嬉しそうに笑顔を浮かべていた。
「行こうか」
「…………」
荷物を持ち上げようとすると、柊に止められる。
「いいよ、輝ちゃんは女の子だ。重い物なんて持たなくていい」
そう言うと、次々にスーツにサングラスの男たちが部屋に入ってきて、荷物が入った段ボールを持ち上げた。
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