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深夜0時なんて、もうすでに寝ている生徒が多い。
俺たちが動いても、気づく生徒なんていなかった。基本的に部屋は防音状態だし。
そこら辺も考えて柊は深夜を設定したのだ。
荷物が次々に運ばれていき、みるみるうちに部屋は閑散としていく。
長らくお世話になったこの学生寮とも、これで最後か。
そっと、隣に立っていた柊に手を握られた。
俺はその手を反射的に勢いよく払った。
「あ……」
やってしまった、と青ざめる顔を見て、柊は柔和な笑顔を浮かべる。
「君の警戒心の強さには感心するよ。そういうところも含めて好きだけどね」
怒ってはいないようだった。
もう自分の手の内にあるという喜びに、怒りなんて湧いてこないのだろうか。
「あの頃みたいに、無理にキスしたりしない。でも、手は握らせて欲しいな」
それは俺に尋ねているようで、強制していた。
再び手を握られるが、今度はその手を放さなかった。
ぶわ、と嫌な汗が額から湧き出るのを感じる。
俺の手を大切そうに握り、柊は歩き始めた。
「荷物運びも済んだし、行こう」
手を引かれるまま、俺は無言で歩いていく。
靴を履いて、最後に部屋を振り返った。
―――――ばいばい
心の中で、そう唱えて。
俺は前を向き、後ろで扉が閉まる音を聞きながら歩を進めた。
門の前に、車が止まっていた。
当たり前のように柊の隣に座らされ、車が発進する。
真夜中の学園は、ライトアップはしているものの不気味だった。
山奥に建てられた、大きなお城。
ライトアップにより真っ暗な闇に浮かんでいるように見える。
「一応、3月に高校から卒業証書はもらえることになってる。輝ちゃんが柊家の一員として働くのはそのあとになるから、それまでは家でゆっくりしてていいよ」
「………働くって、」
「希望は僕の秘書かなぁ…。今の秘書も有能だけど、僕は輝ちゃんの方が何倍も才能があると思うし、何より輝ちゃんに傍にいてもらえるのが嬉しい」
秘書にだけは絶対になりたくない、と思った。
それなら家で雑用でもしている方がいい。
「ゆくゆくは父にも紹介しようと思っているから、輝ちゃんには相応の職に就いてもらうつもりだよ」
雑用だなんて考えを打ちのめすように、柊はそう言った。
あの父親に会わなければならないのか。
数か月前、あの男に直談判に行ったことを思い出すだけで反吐が出そうだ。
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