急激な加速

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「…輝ちゃん、着いたよ」 肩を揺さぶられ、俺は我に返った。 無心になりすぎて、心ここにあらずだったようだ。 昨日からほとんど寝ていない状況ではあるが、眠気なんて全くなかった。 こんな状態で寝られるわけなかった。ここで寝られたら、どんだけ神経図太いんだよって話だ。 辺りはまだ暗い。 何時かは分からないが、夜明けまではまだ少し時間がありそうだ。 車のドアが開き、柊が先に降りて手を差し伸べてきた。 俺はその手を取り、車から降りる。 とても別荘とは思えないほどの大きな館が目の前に建っていた。 ここは、柊家の別荘だ。 主にこの男が寝床にしている場所だという。本家はこれよりももっと大きいそうだ。 年に数回しか本家には行かないらしく、この男にとってはここが家だともいえる。 何でも幼少時分、高校卒業後はずっとここで過ごしてきたそうだ。 全くもって興味のない話だったが、柊の話が嫌にも耳に入ってきて頭に残ってしまった。 「今日からここが、輝ちゃんの家だ」 柊は手を引いて屋敷の中へと入っていく。 空は暗かったが、屋敷は明かりが点いており、辺りは光に照らされて煌々と輝いていた。 「「お帰りなさいませ、隼人様、輝様」」 執事やメイドがずらりと2列に並び、深々とお辞儀をする。 「ただいま、みんな。今日からここの一員になる輝ちゃんだ。知ってる人もいるよね?」 柊がそう言うと、何人かはこちらを見て微笑んだ。 「俺のこと…知ってるのか?」 「そりゃあ、君が小学生の頃近くに住んでいたからね。その頃から僕に使えている使用人もいる」 なるほど、そういうことか。 「輝ちゃん、部屋に案内する」 「隼人様…そのような雑務は私どもにお任せください」 再び柊に手を引かれ連れて行かれそうになったとき、使用人の1人が声を上げた。 「いい。僕がやる」 「ですが…」 「輝ちゃんが来てくれて、柄にもなく喜んでるんだよ。もう少し一緒にいさせてくれないかな」 柔らかい声で言ったが、確固たるものを感じさせる。 使用人は「わかりました」と引き下がった。 俺としては、是非とも使用人の方々に任せたいところだ。 一刻も早くこの男と離れたいのに。 「輝ちゃんの部屋はね、シンプルにしておいたよ」 可愛く女の子らしく飾りたかったらしいが、俺の好みを考えてそうしたらしい。
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