急激な加速

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柊は例の扉から自室へと戻って行った。 決して覗くことのないよう…なんてこともなく、いつでもおいでとウェルカム状態だった。 ということは、自室に弱みとなるようなものはないということだ。 密かではあったが期待していたため、俺は肩を落とした。 クローゼットを開き、中を見る。 見事にワンピースやスカートしかなかった。 ズボンなんてものは見当たらない。 俺に男のような格好はするなという意味か。 ネグリジェがハンガーにかかっており、これを来て休めということが分かった。 「…………」 なんだよ、これ。 一気にやる気が失せ、急降下して底まで落ちた。 やってられるかこんなの。 俺はネクタイを緩め、制服のままベッドにダイブした。 ベッドは見た目通り、ふかふかで寝心地がよかった。 そっちがその気なら、俺はこのままの格好でいてやる。 別に女性物を着るのが嫌だというわけではないが、ここまでされると着る気にもなれなかった。 「………ふあ、」 眠くなることなんてないと思っていたが、さすがに寝不足がこたえたらしい。 俺は急激な睡魔に襲われた。 布団も被らず、制服姿のままうつ伏せで意識が遠のいていく。 あ……駄目だ、もう無理。 そう思ったのと意識がプッツンしたのとほとんど同時だった。 「………輝ちゃん、輝ちゃん」 「…ん?」 肩を揺さぶられ、俺はうっすらと目を開ける。 「起こしてごめんね。でも朝ご飯できたから」 「……………」 ぼんやりとした視界に、柊が映る。 ああそうか…俺、この男に買われたんだった。 起き上がり、大きく伸びをする。 そしてそのとき、違和感を感じた。 「………!!」 「とっても似合ってるよ」 「なんで…っ!まさか、あんたが……!!」 「とんでもない。メイドに任せたよ」 俺はあまりのことに絶句した。 着ていたはずの制服はどこへやら、俺は昨日クローゼットで見たネグリジェに着替えていた。 寝ている間に着替えさせられたということか。 それで起きないって、どんだけ俺疲れてたんだよ。 「制服は…」 「あれはもう必要ないものだろ?捨てたよ」 「え……!」 「それと、男物のアクセサリーもね」 男物………? ………!! 俺は咄嗟に耳に手をやった。 ない。 櫻李に貰ったカフスが綺麗さっぱりなくなっていた。
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