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血に染めたように紅い月が、ちょうど天頂に登る頃。
街は息を潜めるかのように鎮まりかえり、昼間の喧騒は陰の中へと逃げ込んでいる。ランプの街灯は役目を忘れたように消え、夜の闇だけが我が物顏をして世界に充ち満ちていた。
そんな夜の街を、一人の女が歩く。
黒い膝上までの短いスカートドレスに身を包み、その上から真っ赤なフード付きのコートを羽織っている。
顔はフードに隠れて見ないが、その端からはしなやかな輝くような金髪が覗いていた。
男ならこれだけでも興奮しそうなものであるが、さらにスカートから伸びる長く美しい曲線を描く脚は、男の情欲をそそるほど完璧である。
これほどの女が夜に一人で歩いていれば、ゴロツキの一人や二人に絡まれそうなものだ。だがこの街では、そんなゴロツキすらも酒場の陰に隠れて身を潜めていた。
女の履くピンヒールの小気味良い足音が、煉瓦造りの路に響き渡る。
たいして急ぐ風でもなく、それでいてゆっくりな訳でもない。目的が有るのか無いのかすらわからないような、微妙なスピードで女は路をひたすらに歩いていた。
ふわりと、この街に似つかわしくない甘ったるい香りが、女の鼻腔をくすぐったのは、そんな時だった。
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