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小肥りの小さな男が、息を切らして路地を走る。着ているスーツや付けているネクタイは誰もが知っているブランドもので、特注のオーダー製なのか男のサイズにピッタリと合っている。
男の身体は走るようにはできていない。
蓄えられた贅肉は走るには重すぎるし、衰えた足腰は無理な運動で痙攣を起こしそうになっていた。
それでも男は走る。
理由は二つ。
男が向かう先に、できるだけ早く着かなくてはいけないということ。
そしてもう一つが、
「おい、ブタ!まてよテメエ!人にぶつかっといて謝罪も謝礼もなしかよ、ええ、おい!」
後ろから大声で怒鳴り散らしながら追いかけてくる、頭の悪そうなバカ三人組。
どう考えてもあちらからぶつかってきたというのに、理不尽にもこうして追いかけてくる。
これだから塵溜めは厄介だと、男は心の中で呟く。
なんでもかんでも暴力で解決することが正しくて、それが”できる”と思い込んでいる辺りが手に負えない。
だから、男は走る。
暴力は男の専門外だ。
自分は肉体ではなく、頭を使う方が得意なのだ。肉体を使いたい奴には、使わせておけばいい。自分を巻き込まない範囲でだ。
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