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緩やかな風と穏やかな陽射しが満ちる中。
午前と午後の狭間である中天の時刻。本来ならば神殿に勤める各々が一時的に役職を離れ、長時の休憩時間である筈の中。聖司補佐官改め、次期聖主側近クロアは何故か、彩り鮮やかな華々が咲き誇る、緑豊かな神殿の広い庭園で一人珍しく、困り果てた様子で途方に暮れていた。
『………何処に…行った…?』
辺りを鋭く観察しながら見渡し、不意に呆れた溜め息を吐くと、目元に落ち掛かる前髪を片手で軽く掻き上げる。
普段は最愛とする己の主の元を余程の事が無い限り離れないクロアだったが、現在、何故、一人珍しく、神殿の庭園に困り果てた様子で居るのか。
原因は数日前に、当のクロアの主であり最愛の恋人でもあるロアが一匹の聖獣の仔を保護した事に起因していた。
小雨の降り頻る中、ロアがずぶ濡れに成りながらも保護した聖獣の仔。
当初は泥まみれの見窄(ミスボ)らしい萎んだ姿で、仔犬との区別も付かない様相をしていたが、クロアが丁寧に洗い乾かした後は、小さな体に真っ白なふわふわの体毛とふさふさの尻尾。体毛に埋もれるように垂れた耳。円らな翡翠色の瞳に薄茶の小鼻が愛らしい、正に聖獣の仔の姿をしていた。
第7階層の聖域の森にしか棲息して居ない筈の聖獣の仔。
ロアの推測では聖域の森に点在する次元の狭間に誤って入り込み、この第6階層の神殿の敷地まで墜ちたのではないかと言う話しだったが、保護したからには聖域の森まで責任を持って還さなくてはならない聖獣の仔をクロアは現在、散歩の途中で見失っていた。
『……………どうする…、』
まだまだ身体が小さく、しかし、有り余る体力で元気一杯に草木の根本を駆け巡り、時にクロアでさえも追い付けない素早で遊び回る聖獣の仔。
どうするも何も、保護した際に着けた呼び名を呼び、見付け出し。再び保護するしか無いのだが、クロアをここまで悩ませている最大の問題は……、
『………"毛玉"と……呼ぶのか………?』
ロアが聖獣の仔に付けた呼び名にあった。
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