†十六夜†

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そんなロアだからこそ、 『武道大会当日は智天の警護に………、何より私の傍には父上が付く』 聖界の防衛の要である中央組織軍部智天。その筆頭、智天使長自らがロアの護衛担当となり、何より、この聖界の主、現聖主がロアの傍らに居る絶対的な安全が保証されている状況でしか、公の場に於いてはクロアと離れる事を考えられなかった。 『…私は恋人としてのお前の活躍を観たいのだ……』 実は次期聖主側近となる前は、中央組織軍部智天、智天使長近衛官として武道大会優勝経験もあるらしいクロア。 しかし、その頃はまだ、聖域の聖殿に隔離され育てられていたロアは、クロアの存在さえも知らず。 智天使長近衛官と云う聖界に於いては、地位も実力も華々しい上位階級の役職に就いていた為に、クロアの存在はクロア自身が思っているよりも遥かに有名で、ロアの知らない過去のクロアを知る者達がロアの周囲には大勢存在していた。 「………クロア…」 冷水のような、ヒヤリと冷たい静寂に包まれ、寂しさを呼び込む雨音に紛れて、ロアの呟きが切なく溶ける。 ロアの知らないクロアを知る者達に、クロアがロアの恋人である事を明白に公言できないもどかしさ。 それが、ロアがクロアの大会出場に拘る本当の理由なのだが、恋愛感情についても、他者との交流に於いても、そこにある相手との交流で生じる己の感情と云うモノが未だに理解できないロアでは、簡単に気付ける筈もなく。 ―「お許し頂きありがとうございます」― 『お前のあれは……』 大会出場への決定権を求めて、己の意思と共にロアへ頭を垂れたクロアの姿。 側近として主へ己の心情を述べ願い出るのであれば、当然の礼儀であり何も問題なかったが、何故か、クロアの態度はロアを拒絶しているようにも見えてしまっていた。 大会への出場を持ち掛けた事で、クロアを怒らせたのかも知れない。 何故、クロアがその事に怒りを覚えるのか分からなかったが、そんな不安がロアの胸には過り、 「早く………、帰って来い………」 『お前が側に居ないことが……こんなにも苦しい事だとは思わなかった…』 切なさに満ちたロアの声。 心の中で強くクロアを呼び求めながら、ロアはソファーの背凭れに乗せていた腕の上に額を押し当て、きつく眼を閉じてしまうと背中を小さく蹲(ウズクマ)せた。
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