第1話

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 ◇  不思議な文面だと思います。  これはある女性の実体験から生まれた手記。  その方がお亡くなりになるときに病床で書かれたものだと 聞かされた。  その方は幽体離脱を体得されて、実体ではなく心の女体で、 節穴小僧に犯されたと言うのです。  その話をこのお寺の尼僧さんに聞かされて、私はなぜか 心が騒ぎ、そんなお寺があるのなら行ってみたいと考えた。  いま私のいるこの寺も尼寺です。古い書き付けや、虫食い でぼろぼろになってしまった古書などが置いてある本堂の 書棚のところに、その手記は紐で綴じられていたのです。  それでいろいろお話しをうかがった。  濃い紫の法衣がよくお似合いで、横顔の美しい尼僧さんが ほどよく寂びたお庭を見ながらおっしゃいます。 「そこはね・・その尼寺は・・」 「はい?」 「間違えてしまった者たちを供養するお寺ですのよ」 「間違えてしまった?」 「選ぶ道を間違えたですとか人生を間違えたですとか」 「ああ、はい・・そういうことですか」 「そうそう。つまりは地獄に堕ちた亡者たちを弔う尼寺なの ですが、もちろんですけど、そんなお寺は現実にはありません わよ。ありませんけど、それのできるお方なら、すぐそばに おいでなのです」 「それのできるお方と言いますと?」 「文面にもありますような結界を張り、どこにいても、いな がらにしてその世界をつくってしまう。たとえそれがあなたの お部屋であったとしても、たちまちその本堂の環境にして しまうというのでしょうか。ご興味がおありなのでしょう? うふふ・・」  さりげない流し目に私はちょっと緊張し、それでも「はい」と 答えていた。  私は一度結婚に失敗し、そのときちょうどおなかにいた赤ちゃ んをおろしてしまった。  それが私をおかしくしたわ。トラウマと言うのでしょうか、 女としての自信を失い、赤ちゃんに対してだって身を裂かれる 思いがする。
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