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二度と見たくない映像、二度と聞きたくない音に、俺は画面から目をそむけてぎゅっと目をつむる。
そして、彼女の口からその言葉が出るのをじっと待った。
「口パク…?」
たどり着いた答えを聞き、俺は頷くように瞬きをした。
「え、でも、なんで生で歌わなかったの?」
「その曲、踊りながらじゃとても歌えないんだよ。」
「……。」
彼女は気づいたように視線を画面に戻した。
「その下、見てみ。」
動画の再生が終わった画面を顎で示すと、流那は下へスクロールし、コメント欄が表示される。
少し離れた位置にいる俺からは見えないが、もう忘れることは一生ない、鋭い刃をもった文字の羅列が頭の中を巡りだす。
画面の前で彼女が息をのむ気配がした。
「ひどい…このコメント。」
―歌えないから口パクなんだ
―俳優は俳優だけやってればいい
―歌手なめんな
―実力ないくせに色いろ手伸ばすな
記憶の奥にしまいこんでいたものが、いとも簡単にその鍵をあけ、俺の中を駆け巡る。
「でもこんなの、よくある話でしょ?口パクだってたたかれるのなんて、珍しくないじゃない。」
誰かに言われたような台詞を吐いた彼女を冷酷に見返した。
「その‘よくある話’にまとめられる気持ち、わかる?」
俺の言葉に、はっとしたように口をつぐんだ。
自分は違うと思っていた。
才能があるといわれ、ちやほやされ、そうして培われていった自信は、いとも簡単に崩れ去った。
「でも、ネットでたたかれるのなんて、一瞬でしょ?言いたい奴には言わせとけばいいじゃない。」
「一瞬だろうがなんだろうが。
前のマネージャーはこれが原因でやめた。」
ショックを受けたように彼女の瞳が開かれる。
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