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―――今は昔、徳川が治める時代
将軍のお膝元と呼ばれる江戸の
ある少女の剣と波乱の物語を
ここに残す。
「椎華っ~~!!」
竹刀を握り、目の前の桜の大木目がけていざ切らんというとき背後から声がした
。
「篤史…どうしたの」
後ろを向かずとも分かる友の名を呼んだ。私は雑賀原椎華(さいがはら・しいか)
。今年で十六歳になる女の子だ。しかしろくに櫛を通さぬ栗色の髪は侍のように
無造作に括り、身長は百六十とかなり高く、服に至っては明らかな男ものを着て
いる。そのため十人中十人が私を男と思う。そして極めつけは剣の有名な流派の
内弟子。先代の雑賀原琉南は大らかで開放的な性格により私は養子として白信流
の道場に住んでいるのだ。
私の背後に立つのは加藤篤史(かとう・あつし)。白信流で一緒に学ぶ友人である
。彼の家は雑賀原と同じ没落武士。今じゃ珍しくも何ともない。
「何えらく気難しい顔して。そんなんだから鬼弟子て言われるんだよ」
「別に、鬼弟子でいいもの」
私は養子となった小さいころから門弟として日々励んできたので技や速さならば
今いる弟子達には負けない。さすがに体力や握力などの違いには勝てないけど本
当の闘いならば負ける気はしない。そんな力と生来の勝ち気で負けず嫌いな性格
のため、他の弟子達その他もろもろから私は畏敬の念を込めて<鬼弟子>とか<白信
流の小鬼>、<鬼女>なんて異名で呼ばれてしまっている。確かに私は剣術に関して
は無口なほうで集中の度合いが皆と違うから恐ろしく思えるのかもしれない。
「篤史、何でここにきたの」
「あ!そうそうさっき隼人兄ちゃんが椎華を探してたから!!」
「隼人さんが…?」
雑賀原隼人(さいがはら・はやと)。雑賀原琉南の一人息子であり私の義兄及び今
現在の保護者。そして白信流の現当主。先代の琉南が死去してから隼人さんには
だいぶ迷惑をかけている。しかし嫌な顔をせずに私を本当の妹のように可愛がっ
てくれる優しいいい人だ。剣のほうも強く、包容力があるのかどんな相手でも臨
機応変な筋を見せる。目下の私の目標もとい尊敬する人である。
「何だろう…」
その隼人さんが私を探している理由がよくわからず、首を傾げてしまう。とりあ
えず隼人のところに行ってみよう。篤史が私の竹刀を片付けに行ってくれたので
私はそのまま道場とは反対側にある母屋に向かった。
「隼人さん!」
「おやおや椎華、どうしたんだい?」
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