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寝る前になって隼人さんはそう言って2つの封筒を出した。まず薄い小さな封筒を指し示して、
「この中に入っている文書はお前が私達のもとへ行く……ついてくる気になったときに役立つ」
多分今すぐは使わないだろうがな、隼人さんはそう笑みをこぼすともう片方の――封筒というよりは小包のようになったものを指した。
「これにはお前がどのようにして、どういう理由でこの雑賀原の養子になったのかが記されている」
私が目を見張ると隼人さんは真剣な目で私を見た。
「今でなくて良い。自分の真実を受け止められると思ったら開けなさい。今まで雑賀原はこの事実を伏せてきたが今日からこの真実をどうするのかは椎華の好きなようにしなさい。ただし、それによって起こる影響も自分の選択によってなのだと理解することです」
手が震えた。2つの封筒を受け取ると今日もらった着物の入った棚にしまう。今日から私は一人でこの江戸で生きるのだといまさら実感してしまった。
棚に向いたまま背を向けて立ったままの私に隼人さんは近づいた。棚の戸を握って震えている私の手に後ろから手を重ねると背中がほんのり暖かくなるほどに密着する。
「これは私個人からの贈り物だ」
気づくと手には戸でなく短剣。装飾が一切ないそれは着物の合わせにいれておいても問題ない大きさだった。私は礼をいい合わせにしまおうとする。そこで別の物の存在を思い出した。
「あ」
そうだった前に隼人さんから貰った髪飾りを合わせに毎日いれていたんだ。
私は櫛さえ通さない髪を片手でまとめると髪飾りを簪のように巻いて差した。黒茶の肩口まであった髪が結い上げられる。そして空いた合わせに短剣を挟んだ。そのままでは落ちてしまうので帯の飾り紐で素早く押さえる。
「ありがとうございます…大切にします」
別れに涙はいらない。かっと熱くなる目頭を忍耐で押さえて私は隼人に深々と礼をした。
「ではまた」
流石に近所の人達に知られてしまうのを防ぐため深夜の闇へと静かに繰り出す彼らを私はいつまでも見ていた。
今日から私は一人で生きるのだと確信しながら。
「おはようございます、御館さま」
朝になって起きてきた北斎さんに礼をする。すでに身なりを質素にし、寝室以外の掃除と換気は終えている。毎日来てくれているお手伝いさんが朝食を作るのと入れ違いに庭の清掃も終えた。
「椎くん!?」
驚いて目を丸くしている北斎さんに着物を渡すと寝室の洗い物を回収する。そこでようやくわれに返る。
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