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「ちょ・・・っと・・・斉藤さん、待って」
私は斉藤さんを追うためにカウンターを出た。こんなに気になることをそのままにしてはおけない。
その時、入口のベルが軽い音を立てた。反射的にそちらを見た私の目に、髪についた雨を払う片岡さんの姿が飛び込んできた。少し短めの紺色のコートが、本当によく似合っている。
片手に鞄と大きな紙袋を持った彼はゆっくりと店の中を見渡して、そして私を見つけてから、ほっとしたように少し笑った。
え?だって今日は遅くなるから、寄れないかもって。そう言ったよね。だから、だから私。今日あなたに会うための心の準備、まだできてないよ。
心の中でそう呟きながら、まるで映画のワンシーンのように、ゆっくりと近寄ってくる彼の姿から、もう目が離せなかった。
片岡さんは、そのへんの空気を全部独り占めして、私の前に歩いてきた。
彼からは、若い新芽と雨の香りがした。
状況のつかめない私の目の前にいきなりミモザの花束が登場した。
ワゴンで売ってるやつじゃなくて、ちゃんとガーベラやスイトピーをあしらった、とても可愛い花束だ。
私の手が思わずそれを握った。
「Auguri(アウグーリ)、凪ちゃん」
おめでとう、という言葉と一緒に彼は私の頬に唇を寄せて、ちゅっと音を立てた。
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