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燃え盛る炎の中で唯一感じられる命の温もりを宿す小さな手のひらをクリスティン・ブラウは、決して放すまいと誓った。
「何故、助けた?」
今は見る事が出来ないが、可憐な容姿からは想像できない殺気を感じさせる声で、その手のひらの持ち主がクリスティンに問い掛ける。
「あなたは、僕の命の恩人だからです」
「え?」
ぴくりと震えた彼の手のひらの中の手と、年上の女性の、それでも年相応の少女の声が、一瞬クリスティンを場違いなこそばゆさを抱かせた。
「あなたは忘れてしまったかもしれないですが、僕はずっとあなたを探していたんです」
口を開くたびに、熱い風が飛び込んできて、クリスティンは何度か咳払いをした後「だから、あなたの言葉を信じてみようと思った」と続けた。
「馬鹿な」
少し力の抜けた、名前も知らない命の恩人の手をぐっと力を入れて、引き寄せる。
燃え盛る炎は、石造りの建物壁を舐め、窓という窓から、舌を伸ばしている。
きっと、王は死んだのだろう、とクリスティンは思った。この3年、その人物に仕える為だけに腕を磨き、勉学に励んできた。その3年が一瞬にして無駄になったというのに、不思議と喪失感は無い。
かつては、広々として美しかった目抜通りは、炭化して、まだ、プスプスと燻る有象無象の物体で溢れていた。それは、多くは露店の木材や、灼熱に焼かれた石なのだが、中には人の形を持つ物もある。
その傍らに跪く、一目では周囲の消し炭と変わらない幾人かの生存者もいる。しかし、彼らもいずれはこの死の世界の住人となるのだろう。
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