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煙と炎に追われ、力尽きそうになる女をどうにか引き連れて、クリスティンは、ザサイラム王国の首都、ロルデアの崩れた城壁まで辿り着いた。無数の石や木材が転がり、小山のようになったそこを這いつくばるようにして登る。見習い騎士の制服は破れ、手のひらからは血が出た。しかし、クリスティンが手を引く赤髪の女性よりは、まだクリスティンの状態は恵まれていた。彼女の着る囚人服は所々破れ、褐色の肌が露わになっている。彼女の指という指からは爪が剥がされ、恐らくはこの瓦礫の山を登るのは苦行に近いだろう。それでも、彼女はクリスティンの手を離さず、夥しい量の血を流しながら、瓦礫の山を登っている。
後少しで、ロルデアに初めて生まれた小山を登り切ろうとしていた時、地面が揺れた。この世のものではない声がそれに続き、二度、三度と続いた羽音に空気が重く震える。クリスティンは、しばし小山との格闘をやめ、ロルデアの方を振り返った。
紅蓮の炎に包まれたかつての王の城に、新たな主人が鎮座していた。ゆらゆらと揺れる空気にその長い首と巨大な羽を持つその異形が揺らいでいる。まるで、それはこの世界の理そのものを歪めているかのようにクリスティンには思えた。
ザサイラム王国の首都、ロルデアは決して大きな都市では無い。そもそも、ザサイラム王国そのものが決して大きな国ではないのだ。ザサイラム王国は、この世界に暮らす人々がアルデハルと呼ぶ世界の片隅にある、古い王国だ。
開祖ザサイラムによって、アルデハルに最初に築かれた王国で、かつてはザサイラムの全土を統治していた。しかし、徐々に力をつけ始めた地方貴族や、未開の地に暮らしていた民の勃興によって、その版図は縮小し、ザサイラム王国は、その領土をアルデハルの東の端のとその周辺の地域だけにまで減らしてしまった。だから、突如としてザサイラム王国が滅亡しようとも、それ自体はアルデハルにとってはどうでもいい事だった。むしろ、旧時代の遺物とも呼べるザサイラムの滅亡は、まだ歴史の浅い諸王国にとっては、願ってもいない好機だった。ザサイラム王国の滅亡が、辛うじてその惨禍を生き延びた、気の違えたような人々の、この世ならざる異形の者によるものの手によるという証言しかなければ、それは尚更だった。
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