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クリスティンも見てしまった、その光景はもう二度と思い出したくはない事だった。人間は、騎士の聖職者だなどといっても、所詮は野蛮な生き物である事を如実に示すその光景に、クリスティンは自分の進む道を失いかけた。
だが、もう悩む必要もないのだ、とクリスティンは思う。ザサイラムは滅んだ。騎士団が仕えるべき王はもう居ない。ザサイラムの滅亡を運よく生き延びた自分が何をするべきかは分からない。しかし、兎に角安全な所に向かって、そこの人々に避難するように呼び掛けなければならない。
ザサイラムの滅亡はやがて知れるだろう。人か魔の者か分からなくなったあの男もやがて軍をまとめて進軍を始める筈だ。それまでに、少しでもザサイラムを離れ、人々に警告を発しなければ。
と、背中で少女が身じろぎをする気配がし、クリスティンは立ち止まった。
次の瞬間、気が付きました?と微笑むはずだった顔は苦痛に歪められ、顔色が赤黒く染まる。細いクリスティンの腕に、みみず腫ややけどの跡が痛々しい細い腕が絡み付いていた。
苦しげな声を挙げながら、クリスティンが地面に膝をつくと、爪のない足が地面に着いた。と、その足がよろめき、クリスティンの拘束が解けた。軽い音を立てて、地面に転がった少女の、一枚布で作った粗末な囚人服から眩しい太ももが露になる。
咳き込みながら振り返ったクリスティンの目にその光景が真っ先に飛び込んできて、開かれた足と、その中に体をおさめる白い背中をクリスティンに思い出させた。
刹那、込み上げてきた激しい嘔吐感は、怒りと後悔によるものだった。それは、クリスティンが初めて奪った命の最後の光景でもあるからだ。
「お前は……」
太ももを隠しもせずに絶句した少女の顔が驚愕に歪む。
「何故、そこまで私に」
「命の恩人だって言ったでしょう」
喉に一度引っ掛かってから声が出てきているようだった。ひとしきり咳き込んだあと、立ち上がり少女の腕を掴んだ。ぴくりと跳ね上がった少女の体がクリスティンを拒絶する。
「ごめんなさい」
と謝罪した少女の顔が俯いた。
「少しそこで休みましょう。ついでに、寝物語にでも僕があなたと出会った時の話をさせてください」
クリスティンは、背の高い木の下に出来た心地よい影の中に先に歩き出した。
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