8.十兵衛と平九郎(一)

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「なるほど。こいつはいいや。思い切りひっぱたいても相手が大怪我をしないってのは良いな」  十兵衛が得意満面に言うと、藤森が左足を引きずるようにして立ち上がった。 「今のは一本にならん! 脛打ちなどと姑息な真似をしおって」  鬼の形相で十兵衛に向かって行く藤森を流雲が止めた。 「その辺にしておけ。今のは奴の勝ちじゃ」 「先生!?」  藤森の顔に不満と驚愕が半分づつ。 「おまえの言う通り、脛では一本にはならん。だがな藤森、おまえはあ奴の策にまんまと引っ掛かった。おまえの不覚じゃ」 「策??」 「わからぬか?」 「わかりません。奴の策とは何なのですか? 教えてください先生」  藤森に問い詰められて、流雲は小さく舌打ちをした。 「馬鹿め。わからなければ後で平九郎にでも聞いておけ」  不機嫌そうにそう言って平九郎を見た。  流雲に倣うように藤森が平九郎に視線を当てる。 (困ったな……)  平九郎は流雲と藤森を交互に見ながら言葉を探した。  無論、十兵衛が仕掛けた策を平九郎は見抜いている。  だがそれをここで得意気に披露するほど平九郎も初心ではない。  「策とは何なのか、私にも良くわかりません。ただ、師範代殿の動きは読まれていたように見えました」  仕方なくそう答えると、流雲がにやりと笑った。 「こ奴め、とぼけおって。まぁ良いわ」  そこで一旦言葉を切り、平九郎から十兵衛に視線を移す。 「中々面白い小僧じゃ。入門を許す。明日から出て参れ」 「はい。有難うございまする」 「ただし、稽古で脛打ちはするなよ」 「心得て居ます」  十兵衛、神妙な顔で頷いた。
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