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「なるほど。こいつはいいや。思い切りひっぱたいても相手が大怪我をしないってのは良いな」
十兵衛が得意満面に言うと、藤森が左足を引きずるようにして立ち上がった。
「今のは一本にならん! 脛打ちなどと姑息な真似をしおって」
鬼の形相で十兵衛に向かって行く藤森を流雲が止めた。
「その辺にしておけ。今のは奴の勝ちじゃ」
「先生!?」
藤森の顔に不満と驚愕が半分づつ。
「おまえの言う通り、脛では一本にはならん。だがな藤森、おまえはあ奴の策にまんまと引っ掛かった。おまえの不覚じゃ」
「策??」
「わからぬか?」
「わかりません。奴の策とは何なのですか? 教えてください先生」
藤森に問い詰められて、流雲は小さく舌打ちをした。
「馬鹿め。わからなければ後で平九郎にでも聞いておけ」
不機嫌そうにそう言って平九郎を見た。
流雲に倣うように藤森が平九郎に視線を当てる。
(困ったな……)
平九郎は流雲と藤森を交互に見ながら言葉を探した。
無論、十兵衛が仕掛けた策を平九郎は見抜いている。
だがそれをここで得意気に披露するほど平九郎も初心ではない。
「策とは何なのか、私にも良くわかりません。ただ、師範代殿の動きは読まれていたように見えました」
仕方なくそう答えると、流雲がにやりと笑った。
「こ奴め、とぼけおって。まぁ良いわ」
そこで一旦言葉を切り、平九郎から十兵衛に視線を移す。
「中々面白い小僧じゃ。入門を許す。明日から出て参れ」
「はい。有難うございまする」
「ただし、稽古で脛打ちはするなよ」
「心得て居ます」
十兵衛、神妙な顔で頷いた。
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