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「他の道場でもきっとそう言っていますよ。”うちの目録は他の道場の皆伝と同じくらい価値があるのだ”って」
志乃は男の声色でそういうと今度はくすくすと声を立てて笑い出した。
「いや、違うのです。本当に榊道場の目録は難しいのです」
春次郎は頬を膨らませて力説する。
無論、志乃も春次郎の言い分が嘘でないことは承知している。
榊道場の師範、榊流雲は認可を中々与えないことで有名であった。
が、
「本当かしら?」
わかっていてわざと首を傾げてみせる。
「本当です、本当です、皆伝なんて十年やっても中々貰えない」
春次郎のほうもからかわれていると半ばわかっているのだが、どうしても志乃の話術に翻弄されてしまう。志乃のほうが一枚上手なのだ。
万年橋を渡り、佐賀町に入ったところで二人は立ち止まり、無言のまましばし見詰め合った。別れ際はいつもこうだ。どうしても切なさで胸が一杯になり無口になってしまう。
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