1.春次郎と志乃(一)

3/4
前へ
/115ページ
次へ
 春次郎と志乃の関係は木村・高岡両家にとって望ましいものではなかった。  両家とも御目見得以下の御家人で、家格という点では釣り合いが取れている。  ただ、春次郎は次男で、家督は既に兄・秋一郎が継いでいる。  また、志乃にも城之進という兄が居て、こちらも近々家督相続することが決まっている。  武家の慣いに沿うならば、春次郎は男子の居ない家に婿入りすることを考えなければいけないし、志乃は志乃で、ちゃんと家禄を持った男に嫁がなければならない。武士にとって家名を残すことは色恋よりも遥かに重い。これはもう考えるまでもない、言わば武家の常識であった。  榊道場の先輩である高岡城之進が時々暗い双眸で自分を睨んでいることを、春次郎は知っている。今のところはまだ面と向かって文句を言われてはいないが、城之進の眼は”妹とあまり深い関係にはならんでくれよ”と訴えている。
/115ページ

最初のコメントを投稿しよう!

28人が本棚に入れています
本棚に追加