8.十兵衛と平九郎(一)

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 翌日の掛かり稽古で早速十兵衛に申し込んだ。 「俺との稽古の時は何でも有りで良いぞ」  そう耳元で囁くと 「そいつは面白い。だが先生に叱られる」 「なに、大丈夫さ。先生は稽古中はほとんど寝てるよ」 「そうか、じゃぁ何でも有りでやろう」  十兵衛も嬉々として乗ってきた。  無論、流雲は寝てる振りをしてしっかり弟子たちの稽古を見ている。が、自分と十兵衛とのこの悪戯は大目に見てくれるだろうという確信が平九郎には有った。平九郎が感じている閉塞感は、流雲も良くわかっているはずである。  その日から、午前と午後の二回、平九郎は十兵衛との掛かり稽古をやるようになった。  平九郎は勿論、十兵衛の方もこの”何でも有り”に夢中になった。  脛は言うに及ばず、膝でも背中でも、打てるところはどこでも狙ってっくる。  隠し持っていた砂を目に投げつけられ、それを振り払った肘を打たれたこともある。 「やっとおまえから一本取れた」  十兵衛が会心の笑みを浮かべる。 「うむ、見事であった」  平九郎も笑顔で応える。  二人の会話を聞いて、横にいた門弟が唖然とする。  肘では一本にならないし、そもそも隠し持っていた砂を相手の目に投げつけるなどという蛮行が許されるはずもない。なのに、やられた当の本人が”見事であった”などと言っているのだ。傍から見たら狂気の沙汰である。  平九郎の予想通り、流雲は黙認した。  それどころか 「何やら楽しそうなことをしておるのう。わしがもう一回り若ければ混ぜてもらうのだが、まぁそういうわけにもいくまいよ」  などと言う。  平九郎は苦笑しながら頷くしかない。  年齢はともかく、師範自ら禁を破っては門弟たちに示しが付かない。平九郎にしても、師範代であればここまで気楽には出来なかったであろう。そういう意味でも藤森が師範代の方が都合が良かった。
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