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私が彼を好いているように、彼にも恋焦がれる女性がいる。
彼はその女性を<お姉さん>と呼んでいた。
彼が電話で彼女のことを話す度、私は会ったこともない彼女を妬んでいく。
それに比例するように、私は私自身をも嫌いになっていくのだ。
黒く膨らむ自我は、出口もないまま、いずれ管理しきれず、やがて風船のように破裂する運命なのかもしれない。
こんなものを、はたして<恋心>と、そんな美しい言葉で纏めていいのだろうか?
彼はそれ以上、お姉さんの話をすることはなかった。
沈黙が場を支配して、小さな物音を立てることも、なんだか憚られる。
話し掛けるのも違う気がして、私は紅茶に手を伸ばした。
湯気がでていたカップには、すっかり無機質な冷たさが戻っている。
砂糖もクリームも入れる気がおきず、ストレートのまま、一口飲む。
抽出し過ぎた渋さがあるのは、私がティーバックを取り除くのを、暫く忘れていたからだ。
冷えて渋味が増したそれは、この空間で1番現実味を帯びている気がした。
《現実は大人には厳しい》
いつか観たアニメで、強大な敵を前に、力を奪われ、徹底的に打ちのめされた主人公が漏らす台詞が頭を過ぎった。
現実は、否応なく大人には厳しい。
皆、こどもではいられないのだ。
私は、冷たく渋い紅茶を、一息に飲み干した。
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