帰 途

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――七年前――  1996年 4月1日 「今日からここで働かせて頂きます、澤見友里です。ナースとしては三年目、まだまだ勉強中の身です。皆さんご指導の程、宜しくお願いします」  ナース室で自己紹介をする澤見。元いた東郷大学医学部附属病院からここへ転任してきた、初日。少しの緊張と新規一転で頑張るぞという気合が入る。  平常通り業務連絡を終わらせた後、澤見は主任に呼ばれた。 「澤見さん、いいかしら?」 「はい」 「作業自体は変わらないと思うので、まずは場所ね。じゃあここからは増田君お願いできる?」  主任の小林はそう言うと、机でカルテに目を通していた一番手前の男性が『はいっ』と元気良く立った。 「増田五郎です。宜しく」  がっしりした体格とは似合わない優しい笑顔で握手をしてきた。 「見た目は怖いけど、優しいわ」 「主任、見た目が怖いとか‥‥‥要らないです」 「あら?だって、よく子供に泣かれるし、あだ名は熊だったっけ?」 「熊五郎ですよ、主任」  後ろの方に座っていた女の看護師が付け加えた。 「ぷっ」  澤見は思わず笑ってしまったが、すぐに顔を戻した。 「もう、みんなして僕をいじめないで下さい‥‥‥」 「冗談よ。ほら、澤見さんに色々教えてあげて」  小林に話を戻され、増田は澤見を見た。 「じゃあとりあえず、こっちから」  三階のナース室を出て院内を回りながら簡単な説明をする増田。小児病棟は裏返ししたL字のような形をしていて、廊下を真っ直ぐ見渡せる。ナース室は個室部屋が近く、救急の頻度が高い患者程近くに割り振ってあって、些細な事でもすぐに駆け付けられるよう配置されている。 「ここは患者さんの休憩室で、ここがプレイルーム‥‥‥」  プレイルームは広々としていて、子供たちが何人か遊んでいた。その隣の扉、シーツや枕カバーなどの主に寝具が入っている棚の説明になり、増田は扉を勢い良く開けた。 「きゃっ!」  澤見は驚いて叫んだ。続いて増田も声を張り上げた。 「何やってんですか!」  紺色の丸帽子から覗く長めの黒髪、白い顔に赤い口、丸い鼻の白衣を着たその化け物は口に人差し指を立て、シッという格好をしている。  後ろから子供たちの声が聞こえ、澤見、増田、白い物体の順に音のする方を見ると、一人の子が叫んだ。 「あ!ピエロ見つけたぁ!」
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