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こちらを向き、頭を下げようとした佐藤を神戸は止めた。
「あっ、違うんです!」
佐藤と目が合うと、また正面に視線を戻した。
「‥‥今まで僕を、そんな風に言った人がいなかったので‥‥。みんな変わっているとか、変とか、おかしいとか、馬鹿とか‥‥‥僕はそういった言葉全てが僕を否定する言葉だと思っていました‥‥‥。だから佐藤さんが言った言葉が新鮮だった、というか‥‥‥嬉しかったのかもしれません」
下を見てもじもじこそしているものの、神戸の身体は佐藤の方を向いている。
その彼の話を聞いて、この人は今までどれだけの非難の声を浴びて生きてきたのだろう、と佐藤は思わざるを得なかった。
「そんなの‥‥ただの言葉にしか過ぎません。神戸先生は、いや、人はみんな誰の言葉でも言い表せないモノなのですから。気にする事はありません」
佐藤は笑顔でそう言った後で、もし湯田がこの場にいたら、おまえは気にしろ!と怒鳴ってきそうだと思った。
「ありがとうございます‥‥‥佐藤さん」
「そんな‥‥いつもみたいに、ありがとうでいいっすよ!」
「佐藤さん、ありがとう‥‥‥」
その神戸の言葉に佐藤は優しく微笑んだ。
出勤時間の七時。澤見の足はいつもよりも重かった。菜乃香の回診に付き添わなければいけない事だけが頭の中を駆け巡る。
ーーええい、考えても仕方ない!
自分の頬を両手でピシャッと叩き、気合いを入れてナース室に向かった。
「おはようございまーす」
「澤見さん、おはよう」
小林が逸早く澤見に気付いた。
昨日はあれから電話がなかった事から、何でもなかったんだろうと思ってはいたが一応。
「昨日は大丈夫でした?」
「ええ‥‥ごめんなさいね、急に電話して」
「いえ。ずっと家にいたので、問題ないです」
澤見は笑顔で返すと自分の席に座った。
「それより、澤見さん。今日午前の回診、宜しくね」
声のする、主任の方を振り返って澤見は頷いた。
「はい‥‥」
気合を入れたばかりの心が折れそうになる。
ーーそれより、目の前の事!
昨日一日いなかった分の連絡事項などに目を通してから、仕事を始めた。
九時を過ぎた頃、とうとうお迎えが来た。
医師たちがゾロゾロと三階のナース室まで来ていた。すぐに気付いて澤見は自ら外に出た。
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