眠りの朝

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 一ノ宮は言葉の最後をきつめに言い放ち、付いて来るよう顔で合図をした。神戸は前髪をぐしゃっと()き上げると神妙な面持ちで歩き出した。  まだ朝の六時を回ったところで、院内は静けさに満ちていた。途中のガラス張りの廊下からは中庭を見る事ができる。冬の冷たい空気が窓を曇らせてはいるものの、日は完全に昇り、院内の壁に反射して一層白くなる。  本来ならこの清々(すがすが)しい朝の空気を胸いっぱいに吸って、太陽の暖かさと鳥の子守唄に感謝を(ささ)げて、神戸は今日という一日を何事もなく過ごす(はず)だった。  それが今は術死という重い現実が全てを狂わせた。楽園から落とされたアダムとイヴのように、この景色は(ゆが)んで陰気な雰囲気を(かも)し出し、(すで)に彼の中でここは地獄絵図と化していた。  院内の一階の角部屋から叫ぶような泣き声が聞こえた後、今にも崩れそうな四十歳程の女性を白髪交じりの夫らしき人物が支えて出てきた。  廊下には今回の手術の担当医師ら五名が整列していた。その中に神戸と一ノ宮。  一ノ宮は一番先頭の、部屋から出てきた夫婦に近い側に、神戸は一番後ろで前に並ぶ医師に隠れるようにしている。 「今回の事は誠に残念で仕方ありません‥‥‥二度とこのようなことがないよう医師、看護師共に‥‥」  一ノ宮が話をしている途中で母親の方が叫んだ。 「かんべせんせっ!」  神戸は自分の名前を呼ばれ、背中をびくっとさせて目を泳がせた。定まらない視点の中に患者の母親が映った。彼女は勢い良く神戸に近付いて彼の両腕を力いっぱい握り、揺らしながら叫ぶ。 「あなた、娘は助かると言っていたじゃないっ!ねえ!娘を助けてくれるって‥‥」  母親はそのまま床に座り込んでしまった。 何の言葉も見つからずに(うつむ)いている神戸に今度は父親の方が罵声(ばせい)を発した。 「あんたが人工心肺装置の指示をしたそうじゃないかっ!あんたが間違った判断をしたんじゃないのか!」  神戸は恐怖に(おのの)き、身体は硬直したまま顔を上げる事さえできない。 「娘はあんたが助けてくれるから大丈夫って笑顔で言ってたんだぞ!それなのに!」  今にも神戸に殴り掛かりそうな勢いで、父親は目の前に迫った。 「この人殺しがっっっ!」
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