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フラッシュバック
――六年前――
1997年 1月8日
事故が起きた朝。
澤見はガラス張りの一階の廊下を歩いていた。
眩しい朝日に目を細めながら、左に曲がると女性の叫ぶような声が聞こえてきた。
澤見は気になり、声のする右を曲がろうとした。
「澤見さん、そっちは‥‥坂井葉月ちゃんの、謝罪中だから」
すぐ横を通った師長の松本に止められた。松本が通り過ぎるのを目で追っていると、今度はさらに大きく叫ぶ甲高い声が聞こえた。
「かんべせんせっ!」
そうはっきりと澤見の耳に聞こえた。
行ってはいけないという思いよりも、神戸が心配だった。
そのまま右に曲がり、壁の出っ張りがあるところで足を止めた。そっと覗くと整列する医師五名の、澤見から見て手前の端に神戸が立っている。
その神戸の腕を握り、女性が叫ぶと彼の足元に座り込んだ。その後すぐに男性が神戸に近付いて何やら叫んだ。
さらに男性は近付き、もう一度叫んだ。
「この人殺しがっっっ!」
その瞬間、神戸の胸倉を男性は掴んで頬に殴り掛かった。倒れる神戸を構わず、何度も何度も殴っている。
医師らは止めようとするが、男性の力に押されているのか止められずにいた。
男性は涙を流して神戸を殴り付け、神戸は無抵抗で頭を抱えるようにして廊下に丸まっている。
「止めてくださいっ!」
澤見は堪らず神戸の元に走って行き、倒れている彼を自分の身体で覆うようにした。
「がはっ!あっ、くそっ!なんでうちの娘がっ!」
男性はそう叫んだだけで、澤見を殴りはしなかった。一ノ宮はこちらを見ていたが、男性を宥める医師たちと一緒に去って行った。
とりあえず人目の付かないよう、一階の宿直用の仮眠室に気絶した神戸を運んだ。軽い手当てをし終えた頃に彼は気が付いた。
二段ベッドの下段に横になる神戸の左目には眼帯、左頬にはガーゼ、額は紫色になり、口は大きく腫れている。
「神戸先生‥‥‥大丈夫ですか?」
神戸はその名前を呼ばれるだけでびくっと大きく反応し、すぐ布団で頭を隠して身を震わせた。
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