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「あのね、この人はどうか知らないけど、普通はみんな家族がいるの。家族のためにこうして死に物狂いで働いているわけ。自分が怪我をすれば、その家族を守っていけなくなるの。この男がその分の給料でもくれるなら話は別だけど。そんな中誰が怪我をしてまで他人を守ろうとするの?」
澤見は彼女に対して激しい嫌悪感を覚えた。
「そんな言い方‥‥‥神戸先生も必死で頑張っています。それに他人をフォローするのも、私たちの仕事なんじゃないですか?」
一ノ宮は何食わぬ顔で澤見の話を聞き、眉を上げて額を掻いた。
澤見は話を続ける。
「神戸先生は必死に‥‥‥みんなについて行こうと‥‥‥」
「ん~っていうか、そういうレベルの話じゃないわね‥‥正真正銘のバカ」
一ノ宮はまた額を掻きながら言葉を放った。
「そんな言い方‥‥酷くないですか?」
澤見は神戸の方を気に掛け、感情を抑えて話している。
「正直、お荷物なのよね。島村教授が彼を可愛がっているみたいだけど、現場の医師はみんな頭を抱えているわ」
「だからって‥‥」
怒りより何よりも、神戸にこの会話が聞こえているんじゃないかと気になり、澤見は思うように言葉が出ない。
「この際だから言っておくけど、こういう問題児が私たちの休憩を減らし、仕事を増やしてるの。現にあなたもこの男のおかげで、休憩ないじゃない。そうやって無理しているうちに過労死か、ミスすれば今度は自分が犯罪者扱い。堪ったもんじゃないわ」
「でも‥‥‥」
その声は一ノ宮に掻き消された。
「綺麗事を言うのは簡単だけれど、実際問題が起きてそれを処理するのは私たちなの。彼にはそれを処理するだけの能力はないから。そんな男を使っている程、私たちは余裕ないわ。自分の仕事もあるし‥‥」
澤見は胸が苦しくなり、もう何も発せずにいた。
「私たちは金にならない、この男の尻拭いをしているだけ。こうやっている間にも、この男ができない分の仕事を誰かがやっているの。同じ給料か、それより低い給料の人たちが。それを不公平と言わずに何て言うの?」
そこまで言うと一ノ宮は立ち上がってドアの前まで行き、振り向いた。
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