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彼はその瞬間に目を激しく泳がせ、自分の身体を見た。
手術用の、緑色の、半袖の服を着ている。その服を右手で確認するように何度か激しく引っ張る。
ちがう。僕はピエロじゃない。医者だ。医者だ、役立たずの、馬鹿な、人殺しの、藪医者だ。みんなの邪魔をしているだけの。僕はおかしい医者だ。いや、おかしいんだ。狂ってる。僕の中の全てが狂ってる。
彼は両手を力強く握った。
左手の中のチューブからグニャッと白い塗料が出た。
でも神戸はもう、その事さえ気付かずにまた泣いた。背中を震わし、うっうっと漏れる息だけが聞こえる。
暫く泣いた後、彼はポーチから覗く小さいカッターを見た。その瞬間、彼は何かを思い立ったように勢い良くそれを取り出し、開くと左手首に当てた。
力いっぱいそれを引くと、赤いものが流れ出した。
トマトを潰したかのような赤い液体と共に鋭い痛みを感じた。彼は構わず、何度も何度も刃を腕に押し当て傷付ける。
その度に鼓動と同じリズムで左手がズキズキと痛む。神戸はそれに心地好いメロディーを口ずさむ。
そこから見た窓越しの青空には、五線譜におたまじゃくしの音符が踊るようにして次から次にそのメロディーを奏でる。
彼はそんな安堵の中、すうっと眠りに就くように穏やかな顔で、笑みを浮かべた。
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