フラッシュバック

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※※※※ その頃、湯田は八時の巡回に来ていた。 主任から仮眠室も回るよう言われていたため、エレベーターで一階まで下り、迂回するような形で向かった。 「何で、こんな事‥‥‥」 湯田も色々問題を起こす神戸には正直、手を焼いていた。 「まったく‥‥」 文句を言いながら、湯田は仮眠室のドアを開ける。 「ヒゃ‥‥ぁァっ!」 目の前の奇妙な光景に湯田は声にならない悲鳴を上げた。 ピエロ化粧でそれが神戸であることは分かったが、彼がふざけているのかと思い、近付いた。 神戸はぐったりとベッドに凭れかかっていて、いくら近付こうとも動かない。 膝の、胡坐を掻いた状態の、真ん中にある真っ赤な白衣を見てようやく状況が分かった。 「何て事を‥‥‥」 湯田はすぐ彼の右手首を触って脈を確認し、左手の止血を行った。 湯田はもしもの時のため、軽い傷を手当てするような物をポケットに常備していた。 床にあった血の付いたカッターが目に入った。それ自体小さく刃も深くない事から、命には別状ないと判断した。 手首に包帯を巻き、とりあえず彼をベッドに横たわらせた。白いピエロのそれは死に化粧を思わせる。 「バカね‥‥‥」 湯田は床の血を赤く染まった白衣で拭うと、ポケットのPHSで電話を掛けた。 ※※※※  プルルルルッ、プルルルルッ‥‥‥   ナース室で事務処理に追われていた澤見は椅子ごと移動し、鳴っていた電話を取った。 「はい、三階ナース室です」 「‥‥‥澤見さん?」 「はい。そうですが‥‥‥」 「主任お願いできる、至急!」 澤見は至急という言葉にドキッとしたが、丁度こちらに向かってくる小林が見えた。 「主任!」 小林の元に駆け寄る澤見に彼女は驚いた。 「何?どうしたの?」 「主任にお電話が」 「誰から?」 名前を聞くことをすっかり忘れていた澤見は、目をキョロキョロとだけさせた。 「‥‥‥とにかく、至急だそうです!」 強くそう押し通す澤見を見て、小林は中に入って受話器を取った。 「もしもし‥‥‥?」 「え?」 「まさか‥‥そんな」 「ええ。ああ、それはそうね。あ、今あまり騒ぎになると面倒だから、とりあえず、そうね‥‥‥そうしましょう。とにかく私もすぐにそちらに向かいます。はい」 ファイルに目を通しながら、澤見は耳の方に神経を集中させていた。 電話を切るとすぐに出て行く小林に視線を移した。 只事ではない雰囲気を出しているのにも関わらず、彼女はみんなに報告するようなことはしなかった。  ――何だろ? 気にはなったが遅れた分の仕事がたんまりとあって、それどころではない現状を思い出し、続けた。 澤見が神戸の事を聞いたのはその三時間後。 夜勤明けと予定外の出来事で仕事が遅れて疲れている澤見に、その日最大で最悪の出来事をホッとする間もなく聞かされた。 「え?」
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