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神戸の様子を見ようと、帰る途中に寄っただけの澤見には重い話だった。
「それで今‥‥大学の方の、カウンセラーの先生に付いていてもらっているから、心配しないで」
彼がいると思ってきた仮眠室には小林と湯田がいた。辺りには血の匂いが立ち込めている。
彼女たちはそれを清掃しているようだった。
「‥‥‥神戸先生が、そんな事‥‥」
「リストカットってやつ‥‥‥」
湯田は言葉を付け加えた。そして続けた。
「しかも傷痕から見て、一回や二回じゃないわ。昔彼を担当していたカウンセラーに話を聞いたら、どうやら暴力を振るわれる度にこういう問題を起こしているらしいわ。もちろん島村教授も知ってた。なら、さっさとカウンセラー付けていればこんな事にならずに済んだのに」
そう話す湯田からは憤りを感じる。
「‥‥‥つまりリストカットを繰り返していた‥‥と?」
床を拭いていた湯田は視線を向け、その澤見の問いに黙って頷く。それを見て今度は小林が話し始めた。
「でも、誰かに知られてはまずいの。この事がバレたら‥‥情緒不安定な人を医者として使っていたなんてなったら、病院自体が問題視されるわ‥‥」
小林に次いで、湯田が続ける。
「‥‥そんな事になれば、島村教授も責任を取って辞めざるを得ないでしょうね。ただでさえマスコミが騒ぎ立てているのに」
澤見には彼女たちの言葉が一ノ宮の言葉と同じように聞こえた。
「‥‥‥あの‥‥神戸先生は‥‥‥邪魔者なんでしょうか?」
その澤見の問いに床に四つん這いになる二人は見上げた。
「そうね」
さらっとそう相槌をしたのは湯田だった。小林はそんな湯田に何かを言おうとしていたが、彼女は構わず続けた。
「はっきり言ったら、邪魔でしょう。でもそれだけで片付けていいかって言ったら、そうじゃないわ。彼はきちんと勉強をし、大学を出て免許も取った。それはもう立派な医者よ。ただ経験を積んでないだけの‥‥‥たぶん島村教授はそんな彼を見兼ねて、ここで経験を積ませようとしているの。教授は彼に能力がある事を知っていて、その力を発揮できるだけの環境がない事を分かっているわ。私たちもそれをカバーしようとしてる。だからこそ、こんなバカな事‥‥‥許せる訳ないでしょっ!」
湯田は雑巾を握り締め、バンッと床を叩いた。それを宥めるように小林は彼女の背中を擦った。
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