帰 途

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――六年後―― 2003年 5月26日 「神戸(かんべ)長朔(ちょうさく)被告、東京高裁でも無罪判決を言い渡されました!」  テレビ画面のニュースの音で少女は目を覚ました。  東京潤帝(とうきょうじゅんてい)大学病院の小児病棟の六人部屋。その一角に入院している牧野(まきの)菜乃香(なのか)。今年小学校を入学したばかりの彼女には病室が退屈で仕方なかった。  テレビを付けたまま眠ってしまったようで、いつの間にか好きなアニメも終わってしまっている。  画面には何やら騒ぐ大人たちがほっそりとした一人の男を取り囲んでいる様子が映る。その男の顔がアップの画面になったところでテレビの電源が切れた。  カシャ  テレビを見るためのカードが丁度終わったようで、カード口からベーっと舌を出している状態になった。 「つまんないの‥‥」  カーテンの隙間から見える外はとても晴れていて気持ち良さそうだ。  ゴールデンウイークが終わった頃に菜乃香の胸の息苦しさが悪化した。当の本人はそれが当たり前だと思っていたらしく、苦しいとは思ってもいないみたいだったが。  先天性の心臓病で今手術を行えば骨も柔らかく折らずに済み、恐怖心もあまりないという医師の見解と、放って置けば二十歳まで生きられるか分からないという話から、両親は娘に手術を受けさせる事にした。 「菜乃香ちゃん!」  名前を呼ばれて振り向くと、もうすっかり仲良くなってしまった看護師の澤見(さわみ)がいた。 「プレイルーム行こっか!」 「行くうっ!」  差し出された看護師の手を菜乃香の小さな手で掴むと、プレイルームまで手を繋いだまま歩いて行った。  小顔で大きくはっきりとした看護師は、柔らかな目を菜乃香に向ける。 「菜乃香ちゃん、ゆっくりね。早く歩くとお胸さんがびっくりしちゃうよー」  看護師生活十年目に入った澤見は手馴れていた。  ナースキャップが廃止された咋年。今まで隠れていた黒髪のおだんごはそのままに、スカート状の看護師用白衣に身を包む。  311号室の病室を出て真っ直ぐ行き、左に曲がるとプレイルームに着いた。児童館のような作りの部屋で床にはピンク色の絨毯(じゅうたん)()かれ、オモチャや絵本が散らばる。 「あっ、菜乃香ちゃんだー」  一番前の少し段になっている場所から、同年代くらいの男の子が菜乃香に近付いた。 「とも君、あそぼっ!」  菜乃香も段を上り、床に置かれていた緑のブロック椅子(いす)を一つ持って来るとそこに腰を掛けた。
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