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希 望
2003年 5月29日
院内の三階、休憩室。
丁度六時を回った頃、神戸は一人そこに座っていた。
例の『セブンズラブ』の書いてある大きな手帳を開き、お祈りをするように両肘を机に置いて手を顔の前で組んでいる。何やら呟いているが、それはたぶんその手帳に書かれている言葉を唱えているのだろう。
彼にとってはそれが聖書代わりであったに違いない。
どうして僕は普通に話せないのだろう?
どうして僕はこんな風なんだろう?
どうして僕はおかしいのだろう?
どうして僕は生まれたのだろう?
どうして僕は生きているのだろう?
どうして僕は葉月ちゃんを救えなかった
どうして僕は‥‥‥
ガチャ‥‥
ドアの開く音がして神戸は手を解き、聖書を、手帳を素早く閉じて右端に置くとそのまま右を見た。
「おはようございます」
白地に赤のボーダーが入った半袖シャツに、カーキーの膝下まで裾を折り曲げたカーゴパンツ、白のハットを被ったその男は佐藤だった。神戸はびくっとして彼から視線を外し、身体を硬直させて正面を見た。
「はっ、やだなー。そんなに怯えないでくださいよー」
佐藤はずかずかと部屋に入り、神戸のすぐ左隣に座った。
「はぁー、暑くないですか?ここ‥‥‥」
もうすぐ六月だというのに、まだ長袖シャツの神戸に一度目をやった。その視線を感じて神戸は背筋を少し伸ばして、左腕を押さえるようにしてから返した。
「いえ‥‥‥僕は大丈夫です‥‥」
おどおどした様子で、左の佐藤を一瞬見て正面の机に視線を戻した。
「やだなー。僕怖くないですよ?」
「はぁ‥‥‥」
それでも神戸は佐藤の方をチラッとしか見ない。
「昨日はすみませんでした。あの後、主任とかが神戸先生を捜していたみたいですけど?」
「‥‥‥はい。見つかりました」
「‥‥‥何が?」
「‥‥‥僕が」
佐藤は少し笑って話を続けた。
「あの後、大丈夫でした?」
神戸は目をキョロキョロ動かしながら、佐藤の様子を窺った。
「‥‥いえ‥‥駄目でした」
「ダメ?何が?」
「‥‥‥僕が」
「ああ、本当にすみませんでした。僕が言い過ぎました」
動く佐藤に神戸はまたびくっとして隣を見た。彼は深く、こちらに向かって頭を下げている。神戸はそれに驚いて目を見開いた。
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