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「‥‥ごくっ。あ‥‥おいしいですか?」
「はい‥‥おいしいです」
緊張しているせいで神戸は口がパサ付いていた。左手にある紙カップを覗いたが、黒い液体が湯気で見え隠れする。他に飲む物もなく、恐る恐るそのカップに口を近付けて飲んだ。
「コーヒー、どうです?」
「‥‥‥‥‥苦いです」
眉間に皺を寄せて下をベーッと出した後、口を動かした。子供のような彼の姿に佐藤は思わず笑ってしまった。
「ふふっ、神戸先生。苦いのがコーヒーのおいしいとこですよ」
「‥‥‥はぁ。澤見さんにも同じような事、言われました」
澤見と聞いて、この間神戸を食事に誘っていたのを佐藤は思い出した。
「澤見さんと仲いいんですね」
「はい。いえ‥‥どうなんでしょう?いつも僕が一方的に押し掛けているだけな気がします‥‥‥」
澤見の話になった途端、神戸は会話らしい会話をしてきた。少し考えて佐藤は話を続けた。
「澤見さん、いい人ですよね?」
「はい、とても‥‥‥。でもいつも気を遣わせてしまって、申し訳ないんです。昨日も、その前も‥‥‥」
神戸は下を向いて身体をもぞもぞ動かした。
「大丈夫ですよ。澤見さん、強い方ですから」
「‥‥‥それはお酒が?性格が?どっちの事を言ってます?」
少し笑って佐藤は答えた。
「性格です。でもそれ、澤見さんに言ったら失礼ですよ?」
「気を付けます‥‥‥」
「あ。それと。澤見さんは男らしい人が好きです」
「男らしい‥‥?」
「こう堂々としていて、何が起きても平気って顔をして、おどおどしていない人の事です」
佐藤は意地悪そうに神戸をじっと見た。
「‥‥すみません、おどおどしていて‥‥‥」
神戸はそう言うとつい忘れて、無意識に苦い汁を飲んでしまった。
「うっ‥‥‥」
思わず口を押さえた。
「何か飲み物‥‥買ってきましょうか?」
見兼ねた佐藤はドアを指して神戸に聞いた。
「いえ‥‥‥大丈夫です。ありがとうございます」
申し訳なさそうにお辞儀をすると、またサンドイッチを食べ始めた。
「それ‥‥何です?」
佐藤は長い机の端、神戸の右手にある本のような物を指差した。
「え?ああ。これは手帳です‥‥」
「手帳?」
「はい。医学の事から、精神のあり方まで色々‥‥勉強した事が書いてあります‥‥‥」
「精神?あり方?」
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