希 望

5/30
前へ
/260ページ
次へ
「冗談ですよ。他は見てません‥‥‥怒りました?」  怪しむ目で佐藤を見て、神戸はまた苦いコーヒーを飲んだ。 「うぐっ‥‥」 「じきに、慣れますよ」 「‥‥‥何がです?」 「コーヒーです」 「‥‥コォヒィ‥‥?」  佐藤は笑顔で頷いた。 「今は苦いでしょうけれど、苦さになれる頃にはおいしく感じるようになるんです」  その佐藤の言葉に神戸はハッとした顔で紙カップを机に置いた。 「どうしたんです?」 「‥‥さっき僕は僕の人生がこれからどんどん苦くなると‥‥考えていました」 「苦くなる?」 「はい。このコォヒィ‥‥のように。でも僕はそれに堪えられるのだろうか、と考えていました。だから、今‥‥慣れて、おいしくなると言われて‥‥‥」 「言われて‥‥?」 「ホッとしました」  そう言ってまたコーヒーを飲んだ。 「うっ‥‥‥ぐっ」 「神戸先生っておもしろいですね」  神戸は口を押さえたまま返した。 「‥‥‥おもしろい?」  佐藤は何度か頷き、神戸を見て口を開いた。 「ピエロのように一見変わっているように見えて‥‥‥中はとても真面目で悲しみを抱えている。けど、そんな様子を観客には見せない。そして最後にはみんなを笑顔にさせる。みんなピエロに夢中になる、みんなピエロが好きになる‥‥‥でもピエロは決して最後まで笑わない」  佐藤の言葉に神戸は困惑した表情を浮かべた。 「‥‥‥それは褒めているのですか?それとも貶しているのですか?」  その問いに佐藤も戸惑った。 「‥‥‥どちらでもないと思います。神戸先生という人物を抽象的に言っただけです」 「‥‥抽象的?」 「そうです。抽象的に見たらの話です」  神戸は暫くその言葉を頭の中で繰り返しているようだった。 「‥‥‥それはどういう‥‥?」 「ピエロって笑ってるのが通常でしょ?でもその下の顔は決して笑わない」 「‥‥どうして笑わないんですか?」 「お客さんがどうしたら笑ってくれるか、どうしたら幸せになってくれるか。ただそれだけを考えていて‥‥だからいつの間にか自分自身が笑う事を忘れてしまったんです」 「‥‥‥僕はその、笑わないピエロなんですか?」 「さあ?僕はただ、神戸先生を見て思った事を言っただけなので‥‥‥気に障ったのなら、謝ります」
/260ページ

最初のコメントを投稿しよう!

35人が本棚に入れています
本棚に追加