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「冗談ですよ。他は見てません‥‥‥怒りました?」
怪しむ目で佐藤を見て、神戸はまた苦いコーヒーを飲んだ。
「うぐっ‥‥」
「じきに、慣れますよ」
「‥‥‥何がです?」
「コーヒーです」
「‥‥コォヒィ‥‥?」
佐藤は笑顔で頷いた。
「今は苦いでしょうけれど、苦さになれる頃にはおいしく感じるようになるんです」
その佐藤の言葉に神戸はハッとした顔で紙カップを机に置いた。
「どうしたんです?」
「‥‥さっき僕は僕の人生がこれからどんどん苦くなると‥‥考えていました」
「苦くなる?」
「はい。このコォヒィ‥‥のように。でも僕はそれに堪えられるのだろうか、と考えていました。だから、今‥‥慣れて、おいしくなると言われて‥‥‥」
「言われて‥‥?」
「ホッとしました」
そう言ってまたコーヒーを飲んだ。
「うっ‥‥‥ぐっ」
「神戸先生っておもしろいですね」
神戸は口を押さえたまま返した。
「‥‥‥おもしろい?」
佐藤は何度か頷き、神戸を見て口を開いた。
「ピエロのように一見変わっているように見えて‥‥‥中はとても真面目で悲しみを抱えている。けど、そんな様子を観客には見せない。そして最後にはみんなを笑顔にさせる。みんなピエロに夢中になる、みんなピエロが好きになる‥‥‥でもピエロは決して最後まで笑わない」
佐藤の言葉に神戸は困惑した表情を浮かべた。
「‥‥‥それは褒めているのですか?それとも貶しているのですか?」
その問いに佐藤も戸惑った。
「‥‥‥どちらでもないと思います。神戸先生という人物を抽象的に言っただけです」
「‥‥抽象的?」
「そうです。抽象的に見たらの話です」
神戸は暫くその言葉を頭の中で繰り返しているようだった。
「‥‥‥それはどういう‥‥?」
「ピエロって笑ってるのが通常でしょ?でもその下の顔は決して笑わない」
「‥‥どうして笑わないんですか?」
「お客さんがどうしたら笑ってくれるか、どうしたら幸せになってくれるか。ただそれだけを考えていて‥‥だからいつの間にか自分自身が笑う事を忘れてしまったんです」
「‥‥‥僕はその、笑わないピエロなんですか?」
「さあ?僕はただ、神戸先生を見て思った事を言っただけなので‥‥‥気に障ったのなら、謝ります」
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