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「澤見さん、宜しくね」
一ノ宮は表面的な笑顔を見せた。
「宜しくお願いします。あ、これカルテです」
澤見もそれとなく挨拶を済ませ、カルテを差し出した。
「あ、それ‥‥今回は神戸先生が担当するので、彼に」
名前を呼ばれた後ろの方の男がびくっと反応した。神戸だ。今日は眼鏡をしていない。そろっと前に出てくるとカルテを両手で受け取った。
「ありがとう」
珍しく澤見と、人と目をしっかり合わせて彼はそう言った。
「さっ、行きましょう」
一ノ宮の一声で団体はまたゾロゾロと動き出した。その中に澤見も加わり、311号室の前まで行くと神戸が前に出て歩いた。そのすぐ後ろに澤見、一ノ宮。
「あ、かんべせんせぇ!」
菜乃香は逸早く気付き、叫んだ。回診に来る事を知っていた母親、優子がカーテンを開けておいたようだ。
優子はこちらに向かう医師たちに深くお辞儀した。
「あ、さわさん!‥‥いっぱいいるぅー」
菜乃香は神戸も澤見もいるせいか、怯える事もなく‥‥‥むしろ楽しそうに見ている。
「今回、牧野菜乃香さんの手術を担当させて頂きます、神戸長朔です。宜しくお願いします」
神戸は背筋を伸ばし、堂々とした態度で胸ポケットから名刺を取り出した。普段は猫背で低く見られがちだが、その背は178㎝ある。優子が名刺を受け取ると神戸は握手を求めた。
「‥‥‥牧野菜乃香の母です。宜しくお願いします」
視線は合わせずに優子はお辞儀をして、握手をした。
澤見はそんな神戸を見て驚いた。あの、おどおどしている姿しか見た事のない澤見には、今そこにいるのはピエロなんじゃないかとさえ感じた。
「一ノ宮です。彼の助手を務めさせて頂きます」
にこやかに優子と握手をする一ノ宮。その他の医師たちも軽く紹介を済ませた。
「それでは少し聴診をします」
神戸は白衣のポケットから聴診器を取り出して優子に見せると、ベッド横の丸椅子に座った。他の医師たちも菜乃香のベッド周りに移動した。澤見は優子の心情を察して真剣な表情で軽くお辞儀をし、カーテンを閉めた。
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