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眼鏡を掛けた、いかにも医者といった雰囲気の男がペコリとお辞儀をした。
「そして、こちらが黒田先生」
今度は菜乃香の左の男がお辞儀をした。
「さわさんは‥‥?」
澤見は医師たちの手前、遠慮がちに下を向いた。
「さわさんは菜乃香ちゃんの手術が上手くいきますようにって神様に祈る役」
「えーっ、つまんない‥‥じゃあ、菜乃香、ゲジゲジ君」
菜乃香は下を向き、布団をいじっている。
「え?ゲジゲジ君?‥‥じゃあ、先生はゲジゲジ君を菜乃香ちゃんの姿に戻す魔法使いだ。ホーカス・ポーカス‥‥やあ!」
左手を菜乃香の前に出し、そう唱える神戸に目を向けて彼女は笑った。その笑顔を見て神戸は安心して続けた。
「さ、じゃあ、そろそろ先生たちは行かなきゃいけないから、またね、菜乃香ちゃん」
神戸がそう言葉を結んだのを聞き、澤見はカーテンを開けた。神戸はバイバイと手を振り、行こうとすると菜乃香はその手を掴んだ。
「かんべせんせっ」
神戸はその声に振り向くと、彼女は小指を立てている。
「やくそく!」
「‥‥‥約束?何の?」
「菜乃香のお胸さんを治してくれるって、やくそくっ!」
神戸はその言葉に少し戸惑ったが、すぐに小指を立てた右手を差し出した。
「菜乃香ちゃん、先生約束する」
「ゆーびきりげーんまーん、うそついたらはりせんぼーん、のーます、ゆびきったっ!」
神戸と菜乃香の命を賭けたその約束を、二人の指が離れるのを一同は見ていた。神戸は菜乃香の指が離れるのと同時に彼女をギュッと抱き締めた。
「絶対に治す、約束だ」
そう口にした神戸の声は今までの中で一番はっきりと、しっかりとした声に聞こえた。そして振り返った彼の表情は凛としていた。
神戸はカーテン越しの母親、優子に話しかけた。
「手術のご説明をしたいと思いますので、ご一緒に来て頂けますか?」
優子は神戸を一瞬見ると俯き、ええ、と小さく頷いた。病室を出ると、神戸以外の医師たちは母親に軽く頭を下げた。
「では、私たちはこれで。失礼します」
一ノ宮を筆頭に医師たちは各々の場所に散って行った。澤見も。
彼らを見送ると、神戸と優子は無言のままエレベータに乗り、一階に着いた。神戸に連れられて行くと診察室のような場所のドアを開け、先に優子を通してから自分も中に入ってゆっくりとドアを閉めた。
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