希 望

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「ご説明は私からで宜しいでしょうか?」 「はい。お願いします」  頷く優子を見て、神戸はレントゲン写真を机奥のシャーカステンに挟んだ。 「前もって行ったカテーテル検査で、心臓の孔は3ミリから5ミリ程度と予測されますが、開けてみなければ詳細は分かりません。事例として、1.5ミリ程度の孔でも、心臓に送られる血液が3分の2も逆流していた患者さんや、その孔が原因とする弁膜症を起こしていた患者さんもいました。状況によっては弁の置換、形成を必要とする可能性もあります。通常二、三時間程度の手術時間を予定しておりますが、状態によってはそれよりも長引く可能性がある事を頭に入れておいて下さい」  一気に説明をする神戸には何の迷いも感じられない。自分の手元のファイルから紙を取り出した。 「今回は胸骨を鎖骨下からお臍の10センチ上の辺りまで切り開いて、肋骨を器械で押さえた状態で心肺を停止させます。人工心肺装置を使用しての手術となりますが、人工心肺についてはこちらをご覧下さい」  そこまで話を進めて神戸はその紙を優子に渡した。 「簡単な説明は受けていると思いますが、人工心肺は心臓を止める際の代わりの心臓です。停止させている間、血液を装置を通して患者さんの身体に循環させるものですが、通常、大人の場合ですと輸血が必要になります。ですが合併症などのリスクを下げるため、今回の手術に輸血は考えていません。身体も小さく、本人の血液だけでの手術が望めると踏んでいますが、万全を期して輸血に必要な血液は確保しておきたいので、ご家族の血液検査を行ってA型の方がいましたら採血のご協力をお願いしたいと考えています‥‥‥」  言葉を連ねる彼はどこにでもいる医者だ。おどおどした様子もなく、説明を続ける。優子には医学的な事は分からなかったが、簡単な言葉を選んで話す彼が真摯に感じて、意見を押し付けないところも安心できた。  一通り説明を終えて、神戸は視線を優子に戻した。 「何か、ご不明な点がありましたら、いつでもご説明致します。訪ねて頂ければ、いつでも。‥‥手術は六月二日、月曜日に行います。今日診たところ、状態も安定していますので」  神戸の一言に優子は目を見開いた。
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