眠りの朝

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眠りの朝

1997年 1月8日  ――しくじった。  しくじった。しくじった。しくじった。  顔を顰めてまだ薄暗い病院の待ち合室のソファーに座る彼には、もうその事しか頭になかった。真横から差す太陽が徐々に院内を明るくしていく最中、三十代くらいの男が太股に肘を付き、頭を抱え込むようにしている。目鼻立ちが整った色白の窶れた顔に生気は感じない。眉間に皺を寄せたまま目をギュッと瞑り、繰り返す憎悪の波を必死に抑えているようで、唇もグッと噛み締めている。細身の身体に少し大きめの白衣を着用していて、そこから覗く緑色の手術衣から医者である事に間違いない。 「‥‥先生。神戸先生....」  恐怖と眠気で朦朧とする意識の中、聞こえてきた女性の声に男はハッと顔を上げた。 「‥‥‥ご家族の方がお見えです。今回の事故の説明は済んでいますが、担当医師全員で謝罪の言葉をと」  神戸は執刀医である一ノ宮の顔をぼんやりと見つめた。短い黒髪がボーイッシュに映る、さっぱりとした雰囲気を持つ中年女性。目を見開いたまま彼女の話を聞く神戸は小刻みに震え出し、十秒程経って彼は固く結んでいた口を開いた。 「そんな‥‥僕などがどんな顔をして‥‥‥今更ご家族に何を‥‥」  混乱している様子で彼はそう言い、長めの黒髪をぐしゃぐしゃっと両手で掴んだ。 「お気持ちは分かりますがこういう事は後になればなる程、問題視されますので‥‥‥」  四十過ぎた一ノ宮は慣れた口調で話し、彼の背中に触れようとした。だが神戸はその手を避けるよう立ち上がり、勢いよく振り向いた。 「いいや、これは明らかにミスだ!ただの失敗じゃないっ!人の命を奪ったんだぞ?延命のための手術で、葉月ちゃんは命を落とした......」  彼はしゃがんでソファーを何度か叩き、言葉を放つと背を丸めて頭を垂れた。その激しい彼の行動を一ノ宮は冷ややかな視線で見つめる。 「どうでもいいけど‥‥‥ご家族の前では今のような暴言は吐かないで。これはもう病院としての問題よ?あなた個人が何か変な事を言えば、病院全体の信用が無くなるの。いい?神戸、あれは事故だったのよ。くれぐれも今のような事は言わないで」  一ノ宮は言葉の最後をきつめに言い放ち、付いて来るよう顔で合図をした。神戸は前髪をぐしゃっと掻き上げると神妙な面持ちで歩き出した。
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