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そんな言い方をされては、変に勘繰ってしまう。
彼がついさっき、野木部長の関係に鋭い質問をしてきたように、私も同じように問い返した。
「もしかして……男女のわけありですか?」
「あの人とは、そういうのじゃないよ。」
しかし彼は、落ち着いた口調で言い返してくる。
その声から本心は読み取れない。
期待していたような答えはなく、これで会話終了かと思いきや。
階段を下りきったところで、彼はふと立ち止まった。
硝子越しに聞こえてくる、ざわついた音の中。
彼は、はっきりと言った。
「あの人は……俺の婚約者と、親しかった人だよ。」
「婚約者……?」
「そう。ま……昔の話、だけれどね。」
いつもとは違う口調に、いつもとは違う声のトーンに。
そして私のほうを、決して見ようとはしない、いつにない態度に。
訊いてはいけないことだったのかもしれないと。
踏み込んではいけない領域だったのかもと、申し訳ない気持ちでいっぱいになった……が。
「……あなたに同情されるほど、落ちぶれていないよ。
人のことより、自分のことをもっと心配しろ。」
いつも通りの憎まれ口に、同情は一瞬にして憤りへと変わる。
くそっ、反省して損した!
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