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何度もしつこいくらいに口にした謝罪の言葉は、嘘を吐いてしまったことに対するものだ。
その本音に、王子が気づいていたのかどうかは分からない。
けれども彼は溜息交じりに、宥めるような口調で言ってきた。
「……それよりも、早く会いに行ってあげろよ。」
「うん……。じゃあ私、行くから……鍵はポストに入れておいて。」
飲み始めていた王子を、私の都合で急かすようなことはしたくなかったので、それだけ託けておくと、そのまま足早に玄関へと向かった。
靴を履き終えて部屋を出ようとしたとき、彼は私を不意に呼び止めた。
「春!」
「えっ……?」
目を向けると、一瞬だけ彼が迷っているように見えた。
しかし、それはすぐに優しい言葉へと変わる。
「……遅いから、気をつけて行って来いよ。」
「うん……ありがとう。王子もね。」
「……ああ。」
彼が黙って飲み込んでしまった言葉に気づくこともなく、私は葉山課長のもとへと向かった。
この一夜の出来事が―――
私の気持ちを大きく動かす、一連のキッカケになるとも知らずに。
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