動き出した時計

7/33

22854人が本棚に入れています
本棚に追加
/624ページ
. 「ひとりに、しないで………カナ…………」 「……。」 「どこにも……いかないで……」 それは夢の中で呟いた言葉なのか。 それとも誰にも言えない本音だったのか。 彼が呼んだ女性の名前は、前に村田さんが口にした『カナコさん』のことだろう。 私と雰囲気が似ている女性で、課長にとっては忘れられない大切な人だということも知っている。 もしかして…… 熱のせいで、私をカナコさんと勘違いしているのだろうか。 そう理解した瞬間、胸の奥がひどく傷んだ。 亡くなった恋人を、今もこんな風に想い続けている彼の気持ちが、切なくて仕方なかったから。 その涙を、拭ってあげたかった。 彼がひとりで抱え込んできた過去を、分かり合うことで少しでも軽くしてあげたいと思った。 「……どこにも、行かないから。」 身体の関係だけでは埋められない心。 その心が少しでも救えるのなら、今だけは彼女の代わりになっても構わない。 これはきっと、あまりに辛そうにしている彼への同情に過ぎない。他意はない。 力なく垂れ下がっていた手をそっと握りしめる。 「ここにいるから……だから、泣かないで……」 私の言葉を理解したのか、彼は手を握り返してくれた。 安堵感に満ちた寝顔と共に。 .
/624ページ

最初のコメントを投稿しよう!

22854人が本棚に入れています
本棚に追加