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「どうした?」
「温かいなぁって思って……。」
俺の胸の中から聞こえてきた、少し震えた声。
いつも強がってばかりの彼女の、初めて見た弱い姿に、何故か胸の奥が熱くなってくる。
「泣くほどのこと?」
「泣いて……ない。」
「ふっ……我慢しないで、泣きたい時は泣けばいい。」
他に吐け口があるなら、それで構わない。
でも、もしひとりで何かを抱え込むくらいだったら、俺を利用すればいい。
俺がこの人に、可南子の面影を重ねているように。
「あなたが望むなら今夜は、こうしてずっと抱きしめているだけでも構わないからさ。
だから、今度会うときはそんな顔を見せるなよ。」
「うん……。」
大きな御世話だと、激しく叱咤されると思ったのに。
彼女は小さく頷いた。
そのリアクション、この場面では狡いだろ……。
特別な感情なんて抱いていないのに、自分より年上のこの人を『可愛い』と思ってしまった瞬間だった。
愛情なんかじゃない。
むしろ、同情に近い感情だった。
変わらないことを望んでいた。
愛する人と誓った、大切な約束を守り続けるために。
けれども、この一夜の出来事をキッカケに、俺の壊れた心の時計が微かに動き始めようとしていた。
俺自身も、それに気づかないうちに ―――。
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