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それから1時間も経たないうちに、俺は店を出ることにした。
店も混んできたし、俺自身もまだ仕事が残っていたから。
煙草を1本だけ吸い終えてから、席を立った。
「今日はもう帰るから、これ支払分。」
そう言って財布から金を出そうとするのを、マスターは焦った様子で止めに入る。
「昨日貰いすぎたから、暫くは要らないよ。」
「……。」
その言葉に、昨日の夜のことを思い出す。
彼女は今、愛する男の腕の中にいるのだろうか。
「……ねぇ、マスター。」
「ん?」
「人生って、なかなか上手くいかないもんだよね。」
自分より倍以上の人生を歩んできたマスターに向かって、こんなセリフを吐ける立場ではない。
若いのに何を生意気言っているんだ、と。
そう言われるのを覚悟していたのに、マスターは予想外の返事をくれた。
俺の心に語りかけるように。
「だから……面白いんだよ。
ゆーちゃんの人生はゆーちゃんのものなんだから、誰に遠慮することもなく、自分のために生きなさいね。」
その言葉は、過去の柵にいつまでもしがみ付く俺に向けられているような気がして。
何故か無性に、泣きたい気持ちになった。
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