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「……いつからこっちに?」
「もうすぐ1年よ。まさかあの悠君が、こんなに立派になっているなんて思わなかったわ。」
「ふっ……だって、薫さんと知り合ったころは、無茶なことばかりしていたしね。」
その言葉に、薫さんは苦笑い。
それほどまでに当時の俺は、どうしようもない奴だった。
「それにしても、昔と全然変わらないね……薫さん。」
「それって褒め言葉?」
「勿論。いつまでも綺麗だなって。」
「あらま、御世辞まで言えるようになっちゃって。成長したのね。」
俺を大人にしてくれたのは、言うまでもなく可南子で。
最愛の恋人を失った俺と、大切な友人を亡くした彼女は、心に似たような傷を抱いていて。
だからこそ、彼女との間に流れる空気は、少しだけ重たく感じた。
そして帰り際。
橘さんに聞こえないように、彼女は俺にそっと話しかけてきた。
「……また今度、ゆっくり話しようね。私……あなたに話しておきたいこともあるし。」
「俺に、ですか……?」
「うん、また連絡するわね。」
そう言って、彼女は昔と変わらない穏やかな微笑みを浮かべて手を振る。
今ここで話せない理由はきっと、それが可南子のことだからだと確信して、俺も同じように手を振った。
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