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そう……昔のこと。
俺にとって人生で、最初で最後の婚約者。
あんな風に自分を変えられるほどの恋には、もう二度と巡り会えないだろう。
深く考えずに口にした事実に、橘さんは気まずそうに顔色を変えた。
そんな顔をするなら、初めから首を突っ込まなければ良いのに……。
「……あなたに同情されるほど、落ちぶれていないよ。人のことより、自分のことをもっと心配しろ。」
この人には、何の関係もないことだ。
これは、俺自身の問題なのだから。
少しだけ強く言い返すと、負けん気の強い彼女も更に言葉を重ねてくる。
「どうせレクチャーとか言って、若い女の子と浮気して捨てられたんでしょ?」
「……捨てらたほうが、何倍もマシだったよ。」
捨てられた方が、ずっと良かった。
最低最悪の終わり方をすれば、いつまでも心に居座り続けることはなかった。
嫌いになれたら、どれだけ楽だったか……。
彼女を亡くしてすぐの頃は、何度もそう思った。
けれども俺は、最期まで愛していたから。
そして今も愛し続けているから……。
「さ、この話は終わり。今はそんなことより、目先の仕事が優先だからな。仕事に戻るよ。」
誰にも言えない気持ちを、そっと胸の奥に閉まった。
俺は、可南子と約束したから。
この身体を他人に捧げても、心はいつまでもお前だけを愛している ――― と。
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