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「あんまり俺の前では、そういう顔しないでいてくれる?」
「そうですね……。辛気臭くしてすいません。」
その言葉が、仕事に個人的感情を持ち込んでいることに対する窘めのように聞こえたのか、彼女は申し訳なさそうな顔をする。
でも、そんなつもりは少しもなかった。
人間なのだから多少の感情に左右されるのは仕方ないことだ。
気が乗らないことなんて誰にでもある。
「そうじゃないでしょ。あなたのことが心配になるから。
上司として、部下の様子がおかしいことを心配するのは当然だろ?」
上司として……という補足を誇張してしまったのは、そうでないといけないと自分自身に言い聞かせるため。
放っておけなくる個人的感情を、ただの上司と部下という関係にあてはめることで納得していた。
彼女との距離が近くなるにつれ、気づかされる。
報われぬ哀しい恋をしているという共通点が似通っているから、他の人とは違うものを感じるのだと思っていた。
最初はそうだったかもしれない。
けれども今は、元彼との身体だけの哀しい関係に終止符を打った彼女。
過去に残されたままの哀しい恋を続ける俺。
彼女に固執する理由はなくなった。
むしろ、これ以上の過ちは繰り返さない方が、彼女のためだ……と。
そして、俺自身のためだと。
今ならまだ、『たった一度の過ち』で取り返しがつくから。
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