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それから一旦会社に戻って、簡単な引き継ぎを終わらせた。
ふたりで一緒に会社を出るのは避け、車を停めているパーキングで待ち合わせる。
少しタイミングを遅らせて出ていくと、そこには既に橘さんの姿があった。
空に浮かんだ上弦の月を見上げる横顔は、壊れそうな程に綺麗だった。
「……遅くなって御免。中村君につかまった。」
「お疲れ様です。中村君、課長のこと大好きですからね。」
そう言って、遠慮がちに小さく微笑む彼女。
もしかして、この期に及んで緊張しているのだろうか。
初めてじゃあるまいし、しかも自分から誘っておいて……。
「ふっ……そんなに固くならなくても。そんなに嫌なら今夜は飯だけにしておく?」
「……大丈夫です。それに、固くなっているわけじゃ……」
その緊張を解そうと、彼女の唇に手を伸ばす。
そしてゆっくりと顔を近づけるが、物凄い勢いで拒否されてしまった。
それ、地味に傷つくよ……オネーサン。
「ちょ……こんなところで!! 誰かに見られたりしたら………何考えてるの!? 少しは自分の立場を弁えて下さい!」
激しく動揺しながら、俺を責めてくる強気な言葉の数々。
彼女らしい快活な姿でいてくれるのなら、これくらいの代償は構わないと思った。
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