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でも俺は、それでも彼女を想い続けたい。
過去の柵に捉われすぎだと後ろ指をさされても、どうしても譲ることのできない想い。
一向に曲げるつもりのない俺の頑なな意思に、輔は小さく溜息を吐いた。
「……お前にとっての幸せがそれだっていうなら、別に構わないけどさ。
固定概念にとらわれ過ぎて、本当に大切なものを見失うなよ。
いちばん大切なのは、過去の想い出でも亡くなった人でもない。今ここで生きている、お前自身なんだから。」
「……分かってるよ。」
強気に言い返してみたけれど、本当は分かっていなかった。
感情論は昔から苦手だ。
だから、必要以上に人と深く関わることを避けていた。
それなのに……。
そんな俺の心の中に、いつの間にか入り込んでいた。
金木犀の香りが漂う店先、威嚇的に睨みつける綺麗な瞳。
本当は……ずっと気になっていた。
けれども、可南子に対する想いがブレーキとなり、気の迷いだと掻き消そうとした。
過去を振り返りながら心に思い描くのは、今でも変わらずに可南子だ。
けれども『今』と向き合って浮かんできたのは ―――
零れ落ちそうな涙を必死に堪えている、
橘さんの哀しげな顔だった。
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