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もうひとつの壊れた時計
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父親は、物心つくころには家を出ていた。
俺と母親を置き去りにして。
それでも母親は、父の帰りを待っていた。
他の女のところにいると知りながら。
父を想う母の愛は本物なのだと、幼いながらに信じていた。
想いはいつか報われ、そしてまた3人で暮らせる日が来るのだと。
しかし、中学生になったある時。
母親は、見知らぬ男性を連れてきて、急にこう言った。
「この人が、悠の新しいお父さんになるのよ」と。
新しい父親は、とても穏やかで優しくて、本当の父親とは比べものにならないくらいの、「理想の父親」だった。
平和に満ちた家庭。
けれども俺はずっと、違和感を抱いていた。
ずっと父を愛していると思っていた母が、他の男を受け容れている生活に。
そして、悟った。
愛なんて、時が経てば薄れていく幻想だと。
二人のもとを早く離れたくて、自宅から通える私立の推薦を蹴って、わざと遠い大学を受験した。
そして親元を離れた俺は、実に自由気ままな毎日を送っていた。
言い寄ってくる女は、片っ端から受け容れた。
一夜だけの関係を条件として。
俺を落とそうと近づいてくる女には、散々な言葉を吹っ掛けた。
それこそ、一生恨まれても仕方ないような罵声を。
でも、そんな俺を変えてくれた人がいた。
一緒に過ごした時間は、たったの2年間。
それでも俺にとって彼女は ―――
可南子は、人生で初めて本気で愛した人だった。
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