22819人が本棚に入れています
本棚に追加
/624ページ
エピローグ * 金木犀の香る季節に
.
風に誘われて鼻先を擽る特有の香り。
苦い記憶を残した、この時期が苦手だった。
けれども今は………
「アクションじゃないと、絶対に寝る。」
「そんなこと言わないで、こっちにしようよ。全米が泣いたんだよ!?」
「そんな宣伝文句に乗せられてどうするんだよ。同業者のくせに。」
「……。」
ハルの言葉がグサッと胸に突き刺さる。
確かに、全米が泣くわけがない……。
しょぼんと落ち込んでいると、空いていた右手が温かいものに包まれた。
「……春ちゃんがそんなに観たいって言うなら、別に付き合ってもいいけどさ。」
「……いいの?」
「いいよ。今日は……久しぶりの外デートだから。」
彼の言葉のとおり、今日は久しぶりの外デート。
会社でも常に顔を合わせている私たちは、お互いの忙しさについても熟知しているからこそ、それを理由にプライベートで会えないことで喧嘩をすることは全くない。
『仕事と私とどっちが大切なの』なんて、口が裂けても言えるはずがないし、言うつもりもない。
だからこそ、普通の恋人同士として傍にいられる時間が、何よりも貴重で大切に思える。
でも、本音を言えば……。
もう少しだけ、こうやって会える時間を望んでしまう。
.
最初のコメントを投稿しよう!